§ 延々と繰り返される議論。

Annex of BENLI: 匿名論者は匿名による弊害をどう除去するつもりなのでしょうか
若隠居の徒然日記:小倉先生、それ、自分にはねかえってますよ

バトルヲチャな私。

Annex of BENLI: 匿名論者は匿名による弊害をどう除去するつもりなのでしょうか

匿名の卑怯者たちによる罵詈雑言が自分のブログのコメント欄に執拗に投稿されても耐えられるような強い心根の持主しか、匿名の卑怯者たちを刺激しかねな い話題に触れることができないという現状は、はっきり言って異常です。

ははは…。そうかもね。

若隠居の徒然日記:小倉先生、それ、自分にはねかえってますよ

「対抗言論によってモラルの向上に努める」以上。

結構なお手前で。なかなか練れた切り返しですな。

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この手の議論はずーーーーーっと繰り返されてきているわけで、年季の入ったネットワーカー(笑)だとゲロ吐くほどお腹いっぱい食べたネタだと思う。

蛇足ながら、私なりの意見を少々。

はっきり言って異常です。っというほど現状が酷い状態だとは私は思っていない。むしろ、これからもっと酷い荒れ方をする場面に出くわすかもしれない。なにせ、ネットワークの利用者は年々増加しているわけで、母数が増えればノイズも増える。そんなことは別にどうってことじゃない。

で、このテのケンカをヲチっていて、いつも逝けてないなぁと思う点は、「匿名だから無責任になる」という仮定。(そう、これは仮定なんですよ。)

一般大衆が無責任なのは、ネットワーク上だけのハナシじゃない。結局のところ、名前語ったって、名刺渡したって、ウソをつこうと思えばつけるわけで。匿名かどうかは決定的な要素ではないような気がする。

インターネットがこれほど一般に普及する以前、いわゆる一般大衆は自分の生活空間だけで愚痴っていた。例えば、TVに映し出された人に向かって「バ〜カ!」などと口走った覚えはないだろうか。そのため、「罵詈雑言」自体はすでに存在していたのだが、そんな軽い気持ちで吐かれた発言が公に出ることがなかった。

インターネットが普及するにつれて、自分の生活空間で完結していた罵詈雑言が、BBSやMLを通してある程度大勢の人の目にさらけ出されるようになってきた。そんな流れの中で、気軽に吐かれた罵詈雑言が「TVに映し出された人」たちの目に触れるようになった。それだけの違いだと思う。

BLOGはBBS以上にパーソナルな場を作るため、罵詈雑言はよりハッキリと目に触れる。そんなわけで、言われた側は怒りが倍増しやすい。(笑)

しかし、ここでよく考えてほしい。自分の意見を公にするという行為は、晒す媒体がなんであれ何らかのカタチで批判を受けるリスクを伴っていた。ただ、インターネット普及以前はその批判が「本人に届き難かった」というだけで、気軽に吐かれた罵詈雑言が存在しなかったわけではない。

そう、今まではただ「知らなかった」だけなのだ。

記名発言を強制したところで、ウソはいくらでもつける。書き込まれる発言のすべてに対して本人確認を行うことなんて、現実的な手段や方法を考えるとほぼ不可能と言っていい。リベラルを標榜する一般市民(笑)としては、コメント欄やトラックバックの向こう側にいる発言者の存在を受け入れる以外に方法はない。

つまり、匿名かどうかは本質的な問題ではない。

ということは、根拠のない罵詈雑言に対して個人が採れる策は三つしかない。

一つは、若隠居タソの言う通り「対抗言論によってモラルの向上に努める」こと。もう一つは、華麗に全部スルーするなり、みーんな削除するなりして、浴びせられた罵詈雑言自体を自分の中で「なかった事にする」こと。最後の一つは、リスクを避けて「発言しない」ことである。

どの態度が適切だと思うかは各個人のさまざまなコンディションによるだろう。どれか一つが正しいというものでもない。ただ一つわかっているのは、自分の発言が可視化されるからといって人の品性が突然向上することはない、ということ。他人の口を塞ぐ事はできない。

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インターネットの普及は良い面と悪い面があると言われる。私が考えるに、インターネットそのものは善悪とは関係ない位置にあり、個人の持つ能力の一部をブーストしているに過ぎない。

例えば、突然耳が良くなったとする。ある人は「今まで聴こえなかった悪口が聞こえるようになって気分わるい」と思う。ある人は、「今まで知らなかった素晴らしい声が聴こえる」と思う。どっちに転ぶかは、受け取る本人次第だ。

人は同じ状況にあっても自分の聞きたいものしか聞かない。見たいものしか見ない。それが個人の限界であるし、その限界を超える事は不可能だ。でも、その限界をなるべく押し広げようとする努力は忘れたくないとは思うが、どうなるだろう。

まずは、BLOGやRSSを通して「聞き耳頭巾」を得た事を素直に喜ぼうと思う。

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(6/30/2005)
参考:実名か匿名かの境界は、アイデンティティがあるかどうか - nikkeibp.jp - from ガ島通信 メディア崩壊の現場を歩く

Posted by tomo at May 26, 2005 5:56 PM | ESSAY | TrackBack |

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