§ Love You, Miss You, あるいは Cymbals.

CYMBALS - bounce.com インタビュー

Love You / CymbalsLove You / Cymbals』のお話。

土岐麻子関連を連発気味なのはちょっとカッコ悪いけど、なんか、こう、書かずにはいられない心境。

そもそも私がCymbalsについて語ること自体が蛇足中の蛇足なのだ。なにせ、リアルタムでCymbalsをヲチしたのはインディーズ時代の『Neat, or Cymbal!』だけ。それも、ほぼ偶然の出会い。結局、憶えていたのは、やたらと元気のいい「I'm a Believer」だけという体たらく。

で。さらにちょっと困ったことに(?)、Cymbalsが繰り出してきた音楽は異様にクオリティが高く、且つ、ひねりの効いたアイディアが散りばめられている。もし、ちょっとでも批評めいたことを書くなら、40年ほど前くらいから20年ほど前くらいまでの音楽(特にUK)の様式に精通している必要があると思う。

で。そこらへんの音楽は思い切り苦手なのだ。まず、40年前なんて生まれてないからその辺の音楽を意識的に聴いてない。それに今からそこらへんの音楽を復習してたら、Cymbals語るまでにあと10年くらい勉強しないといけない。その間沈黙を守るなんてのはちょっとムリなので、クリティカルなアプローチは早々に放棄したほうがいい。

でも、なぜ、そうまでしてCymbalsについて語りたいのか。
ま、ぶっちゃけたハナシ、単純に感動したからなのだ。

これを言うためだけに、これだけの字数を費やす私はかなりカッコ悪いが…。

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土岐麻子が思い切りストライクなのは、すでに告ったのでよしとして。(笑) それ意外の要素でCymbalsに惹かれる理由をいろいろ拾い出してみる。

このところずっとCymbalsを聴き続けているせいで、特に確信があるわけでもないのに、「他に類を見ない個性」とか言いたくなる。これはちょっと口が滑った表現。たぶん、ちゃんと見ていけば彼らが誰のどの作品からどんな影響を受けたのか指摘することは可能だと思う。しかし、それを踏まえた上でも、なお彼らの音楽が充分個性的なのは間違いないと思う。

だいたい編成からして一風変わっている。普通、スリーピースだとギターとか入れてコードを確保しようとするだろうに、Cymbalsときたらリズム隊と女声ヴォーカルなんていうレアな選択をしている。だから、「そもそも、これでバンドって言えるか?」という素朴なギモンがすぐに浮かんでくるが、それでも彼らは自分たちを「バンド」というカタマリとして周囲に認識させていたと思う。これは意外にすごいことだと思う。

また、インディーズ時代の2枚のアルバムから、最後の『Love You』まで並べてみるとハッキリわかる。そこに収められている音楽の様式の多彩さは、じゅうぶん特筆されるべき内容を持っていると思う。

初めはガーリッシュなパンク?とでも言いたくなるような、いわゆるギターポップの範疇だと思っていたら、メジャー一発目のアルバム『That's Entertainment』では思い切りロックど真ん中な面やら、フュージョン系の影響も披露。その後は、もう毎回新しい要素が盛り込まれることが通例と感じられるほど、さまざまな様式を取り込んでくる。

このあたりから感じられる沖井礼二をはじめとする3人の才能のきらめきは、ホントにまばゆい。特に『sine』でみせたエレクトロニカルなサウンドのもたらすテイストは、それまでのCymbalsの流れを振り切って独特な世界観を完成させている点で見逃せない。あのアルバム全体に漂う洗練がもたらす美しい緊張感と爽快感は、今聴いてもまったく色あせていない。しかし、恐らく、ちゃんとCymbalsしてきた人にとってみれば、傑作「Highway Star, Speed Star」が入っている『Mr.Noone Special』あたりが最もCymbalsらしいと感じるのではないかと思う。

それを理解しつつも、私はあえて『Love You』が最も好きだと言いたい。宮川&土岐夫妻がジャケに収まっているこのアルバムの散らかり具合は、キッチリと煮詰められたコンセプトを仕込んできたCymbalsにあって思い切り例外的だ。それだけにCymbalsがコソッと秘めてきた本音があふれているように思えてならないのだ。

表面的にはいつものカラッとした明るさ基調なのだが、アルバムの底に雰囲気として漂うエモーションはそれまでのどのアルバムよりも深く感動的に表現される。それまでのCymbalsが見せてきた照れ隠しのようなイタズラっぽさは弱まり、音楽への共感をストレートに表現しようとする。そんな彼らの変化が「解散」という儀式を直接的に連想させてちょっと切ない。しかし、この『Love You』は名作・名曲ぞろいなのだ。一曲たりとも気を抜けない。集中力を高めて、そこにあるすべての音楽を味わい尽くしたいといつも思う。

しかし、そういう決意は「時間を名乗る天使」を聴くといつもくじけてしまう。正直なハナシ、私は『Love You』をいつも最後までちゃんと聴くことができない。

これまでCymbalsが照れ隠しに使ってきたトリックをすべてかなぐり捨てて、ストレートに本音をさらけだすこのトラックを、理性的に聴くことなど不可能だ。もしかすると、沖井にいわせれば、あの一見感動的な曲調とリリックそのものがパロディーだと言うかもしれない。しかし、私は決してそうは思わない。

あれは、CymbalsあるいはCymbalsをやっている時の沖井(たち)がずっと秘めてきた、ある感情をあの一曲にすべて叩き込んで昇華させ、密やかに解き放っているように思えてならないのだ。演奏の表面だけとらえればふつうにキレイで、抑制された表現で飾られている。しかし、あのトラックの底に流れているエモーションの強さは何なんだ!

私は、あれをまともに受け止めることができない。だからその次に置かれている「Family Bond & One Dog」と「君とぼく」はいつも呆然と聞き流してしまう。

最後に、いかにもCymbalsらしいエピソードを拾ったので紹介してみる。

ほっぺが落ちるほど | kickable.org コメント欄より

…色々レポートを見て印象的だったのは【ラストステージに飛び交う「やめないでー」の声援に、「That's Enough! I don't need Cymbals, anymore!(シンバルズなんてもうたくさん!)」とプリントされたTシャツ姿の沖井さんが「強くなれ」とひとこと放った】というシーン。どこまでも憎らしいくらいシンバルズだったのだね。

「That's Enough! I don't need Cymbals, anymore!」

これ、ホンネだったんだろうな、と。そう思う。

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Cymbalsのアルバムは、メジャーから出ているものは基本的には4枚しかない。『Anthology』など、その他のディスクを含めてもあっという間にコンプリートできる。(インディーズ時代のディスクは中古でもほとんど出回らないので、あきらめたほうがいい。あるいはiTMS-Jという選択肢もあるけどね。)だから、もし聴いたことがないなら、全部買って聴いてみるといいかもしれない。

あの3人がやり尽くした音楽は今でもヴィヴィッドに響く。いや、今のほうがあの音楽を充分に味わえるのかもしれない。

Posted by tomo at February 20, 2006 12:00 AM | ESSAY | TrackBack |

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